2012年12月25日火曜日

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なった。お祝いしていただいた。ありがとうございます。 若いうちは、なりたい自分になろうと努力することが大事だが、おっさん過ぎたら、なれない自分を受け入れることも大事。バカボンのパパを超えたからには「これでいいのだ」と言えるようになりたい。

2012年7月28日土曜日

『孤独の発明』「見えない人間の肖像」

ポール・オースターの『孤独の発明』の前半部「見えない人間の肖像」は、オースター自身の亡き父をめぐる思索であり、回想であり、その不可視の人物をなんとか理解したいという試みである。自己の中に退却し、息子にも、世界にも決して自分をさらけ出すことのない父。
この本をかつて読んで、これは自分の話だと思っていた。もちろんこの作品の中で綴られる父の家系の秘密みたいなエピソードはぼくの父の歴史にはない。それでも、息子に関心を示すことのないオースターの父親のエピソードに、ぼくは気難しく無口で息子を決して褒めることのなかった自分の父親の姿を重ね、これは自分の父であり、自分の物語であるような気がしていた。
しかし、それは間違いだった。ぼくの父はほかならぬぼくの父であり、ぼくの父の死はほかならぬぼくの父の死であった。死というのはあくまで個別のもので、似ているとか近いとか、そういうもんじゃなかった。

6月23日に父が死んだ。突然のことであった。なんの病気もなく、なんの前兆もなく。趣味のウォーキングから帰り風呂に入った父はそのまま風呂場から出てこず、母に発見された時には息絶えていた。あらかじめ巻かれていたゼンマイが切れてしまったかのように、父の生は終わった。73歳。それはただの数字だ。なんの意味があるのか。わからない。父の死も、そして父の生も。

順番である。親は子より先に死ぬ。そんなことはわかっている。いつか来るもんだとは思っていた。しかしいざそれが来てしまうと、自分があまりにそれに対して無防備であったことをいやというほど思い知らされた。

  生と死というのは地続きだ。生きていたものが、あるふとした瞬間に死に変わる。

遺体と対面し、動かなくなった父に話しかける。亡骸とともに一晩過ごし、そのうちに遺体は遺族にとって「人」からだんだん「モノ」になっていく。ぼくらは死に慣らされていく。
モノになった遺体を焼き、葬儀を行い、慌ただしさの中、そして久々に会う母や姉弟、甥っ子姪っ子が一堂に会す珍しい機会、その非日常性がもたらす躁状態の中、悲しみや喪失感が訪れては紛れていく。ぼーっとしたまま時が流れていく。

ひと月が過ぎ、いくらか正気に戻ってみると、父の死をいろんな出来事の時間的座標軸にしている自分に気づく。「そうか、あのときはまだ父が生きていたんだ・・・」


父はぼくにとって世界でもっともわからない人物であった。なにか自分の世界にこもったようであり、たぶん息子のぼくにはあまり関心がなかったのだと思う。なにせあまり心配された記憶がない。それはぼくの人生が順風だったというわけではなく、父が自分の安全な世界の外側にある不安を自然と避けていたからではないかと思う。だからぼくが何か失敗すると父はいつもひどく不機嫌になった。そのことでぼくは何度も傷ついたし、父とケンカもした。それでもわかりあうことはなかった。

きっとこの先もずっとわかりあえることはないのだと覚悟していた。父は父の人生、ぼくはぼくの人生を全うすればよい。 しかし、いざそれがもう避けられない事実になってしまうと、どうにも辛い。やりきれない。

ぼくの父の死とオースターの父の死は違う。それでも、この人が書いた一節にぼくはいま、これまでになく共感している。

父は見えない人間だった。他人にとって見えない人間、おそらくは自分自身にとっても見えない人間だった。父が生きているあいだ、私は父をさがしつづけた。そこにいもしない父親を探し求めた。そして父が亡くなったいま、私は依然、父を探しつづけねばならないと感じている。死は何も変えていない。唯一のちがいは、時間がなくなってしまったことだけだ。

  時間がなくなってしまった。突然に。なんの予告もなく。途方に暮れるしかないではないか。
  

2012年4月3日火曜日

大人は素敵か?

奥さんがふと口ずさむ。薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」。

♪   愛って よくわからないけど 
   傷つく 感じが素敵
   笑っちゃう 涙の止め方も知らない
   20年も生きて来たのにね  ♪

 20年?
 この歌の語り手である女性はまだ20歳なのである。衝撃を受けた。

 なんと大人っぽいことか。「もうハタチだっていうのに、あたしまだ泣いちゃうなんてガキよね」な感じである。こんな20歳、今の世の中にいたらお目にかかりたい。絶対にいない。今の子なら、むしろ子供のように泣く様子を自分のピュアさとしてアピールするであろう。
 もちろんこの歌詞の女性だって、ほんとはそんなに大人なわけではないのかもしれない。「あたしったらガキね」に見られるのは、自分をなんとか大人に見せたい、という「背伸び」である。だからほんとはまだ子供だ。
 でも、そこからわかるのは、この時代、昭和歌謡の80年代までは「大人」があこがれの対象だったという事実である。みんな「大人」になりたかった。だから「ガキ」は軽蔑されたんだ。

 それから四半世紀、今「大人」はいない。自分も含めて。みんな子供のままでいたがる。幼稚な一次的欲求を肯定して恥じることもない。

 いつのまに日本の社会はこれほどまでに成熟を拒むようになってしまったのだろう?

 昔は大人は絶対的に偉かった。制度として年功序列だとか3世代にわたる同居とかが普通だったから歳をとっている=偉い、でその制度がおっさんの自 己規定にもなって内面化され、おっさんに幼稚な振る舞いは許されなかった。結果、おっさんは大人な振る舞いを義務付けられた。そういう社会的制度が外され て自由になったのはよいことである反面、結果、みんなが幼稚になっちゃった。

 素敵な「大人」になりたいものだ。

2012年3月7日水曜日

トモフスキー『いい星じゃんか!』

 トモフスキーの新譜のタイトルが『いい星じゃんか!』だと知って最初に思ったのは、「ああ、震災に反応してくれたんだな」という感謝と「にしてもけっこうストレートなメッセージではないか?」ということだった。

2011311日の大震災を受けて、表現する人はみななにかを突きつけられたことと思う。それまでと同じような表現が全部ウソになってしまうような圧倒的な現実を目の当たりにして一体何を表現するべきなのか。表現することじたいに意味があるのか?

ぼくは日本に住むアメリカ文学研究者として論文で表現することを仕事の大きな部分にしていて、それは大きく世間に開かれたポップミュージックや小説の世界とは違って極めて局地的な閉鎖された世界で、普段からそもそもこの表現になんの意味があるのか?と逡巡してしまいがちなのではあるが、そんなぼくだけに、あの震災以降しばらくは論文も書けなくなった。これを書くことになんの意味があるのかわからない、状態である。論文を書いたところで自分以外はだれも喜ばない。「文学研究」という大きな学問体系に多少は貢献するかもしれないが、それにしても家を失い家族を失いおなかをすかせた人がたくさんいる中で、言ってみれば「何の役にも立たない」論文を書くことに意味があると思えるほどぼくは文学研究を信じ切れていないし、それをあえて信じきってみせる精神的強さもなく、むしろ義捐金を送り、目の前の学生相手の講義に力を注ぐことの方が、この事態に多少なりともコミットし、いくらかでも貢献することになるのではないかと思えた。

ポップ・ミュージックはもっと世界に開かれている。誰だって聞く可能性がある。そのシーンで震災以降どんな曲が生まれてきたのか、実はよく知らない。でも、新聞を読むと、たとえば「絆」ということばが最近もてはやされて、あたかも苦境に対して団結して立ち向かうという幻想のよすがのように強調されていて、それはきっと人々が生き抜くためには必要な知恵なのだろうが、その物語はあまりにも現実から乖離しているように思える。もちろんそういった言葉で勇気を持ち、一歩前に進める人が大勢いることも否定しない。長淵剛がやってる活動は素晴らしいし「ひとつ」を聞いて、心強く思う人もいよう。でも、そういう直接的な励ましではなく、震災以降歪んでしまったぼくらの現実認識を的確な言葉で、歌で表現してくれる人はいないか、と思っていた。

1995年には阪神淡路大震災が起こり、オウム真理教の事件が起こった。あのときもぼくは誰かに、この気持ちを言葉にしてほしいと思っていた。95年の事件を言葉にのせて歌にのせてくれたのはスピッツの草野マサムネだったと思う。「運命の人」は97年だったと思うが、あのとき「ようやく誰かが言葉にしてくれた」という思いがしたものだ。「バスの揺れ方で人生の意味がわかった日曜日」とスピリチュアルな天啓の場面を折り混ぜながら、オウム的な「無料のユートピア」を「汚れた靴で通り過ぎる」、神様はそんな簡単なものじゃなくて「自力で見つけよう」。「運命の人」もいるかもしれないのだし。震災があって多くの人が亡くなり「悲しいニュースは消えないけれど、もっと輝く明日!」。この歌はあの頃の混沌を、決してむき出しにはしないで、それでも聞いてる人に大事な気づきを与えたと思う。すくなくともぼくはそう感じた。

ただ、それから16年経って起こった今回の震災に関してはもう「もっと輝く明日!」なんて軽々しく言えない。「輝く明日」を信じることがどう考えても困難になってしまった。震災からの復興に加えて原発の問題。放射能汚染の可能性、エネルギーのない中で産業をまわしていくことができるのか?課題は山積である。とても「明日」は輝いてるなんて言えない。

そんななかでのトモフスキーの新譜である。ぼくはこの人は子どものようにシンプルな誰にでもわかる言葉で、思いっきり核心に迫ることを言ってしまう天才だと思っている。前作『大航海』は卒業式の日にゼミ生にあげるCDの定番だったのだが、自身が船長を務める船の乗組員たちへ向けたという設定の「無計画という名の壮大な計画」では、トモフ船長が乗組員たちを「不安か?不安か?」と煽った上でこんな歌詞が出てくる。「心配するな。俺も不安だ」。こんな歌詞書けない。普通「心配するな」のあとには「大丈夫だから」とか「俺がついてるから」と来るのが定石だけどこの人は船長でありながら「心配するな。俺も不安だ」と言ってのける。でも、それでいいんだ、っていう気になれる。あ、そっか船長もみんなも不安だもんね、俺も不安だけどそれでいいんだよね、って。

 そして今回の『いい星じゃんか!』である。

 「いい星」はきっとこの星のことで、「いい星じゃんか!」という言い回しにはまるで自分のふるさとの良さを再発見したようなニュアンスがある。「たいしたことないと思っていたけど、あらためて考えてみたらいい星じゃんか!」みたいな。「じゃんか」という語尾もいい。「いい星だよ」だとただのフラットな感想、「いい星だぜ!」だと無理してる感じ。それが「じゃんか」だと発見とともに呼びかけのニュアンスが生まれてくる。

 まず一曲目が「文句言わない」。



突然終わったって文句言わない

突然始まったことなんだ

なんとなく終わったって文句言わない

なんとなく始まったことなんだから


なにが「終わる」のかは明示されていないけれど、きっと「この世界」でありこの「いい星」のことなんだろう。

あの震災、津波で破壊される町の様子、そして原発の建屋が吹き飛ばされた映像を見て「世界の終り」が見えた気がした人は多いはずだ。「ああ、もうだめだ。世界は終わってしまうんだ」。あれから1年経っても、まだその思いは残っていて、むしろ終わりのなかを生きている感覚さえある。その感覚がたぶんトモフにもあるのだろう。そしてそこで示されるのは「文句言わない」というきわめてカジュアルな態度に込められた達観である。あきらめじゃない、そういうもんなんだ、という認識である。始まっていたことじたいがなんとなくなんだから、おわるのも別にたいしたことではないのだよ。ありうる話じゃんか。だから


こんな日に終わったって文句言わない

あんな日に始まったことなんだから


いつ終わるかわからない、だから一日一日を大事に生きよう!なんてことはトモフは絶対言わない。そんなこと言う必要ない。ただ、今日終わることだってあるかもよ、それでも文句言わないのさ。これすごいなあと思う。慌てふためいているぼくらの現実認識をギュッと引き下げて、そもそも「あるべき」と思っている世界じたいなんとなくできてきたんだからいつなんとなく終わっても文句言えないよ、と弛めてみせる。ああ、そうだな、ぼくも「文句いわない」よって気になる。

 そんな「文句言わない」達観の世界だからこそ、人間はいろいろ肯定して生きていくべきで、だから9曲目の「人間」では人間の欲望を「腹ぺこ」の一語に集約して全面的に肯定して見せる。「ガツガツすんの否定みたいなトイレの日めくり真に受けちゃヤバイぜ  人間なんだから」。仮想敵はもちろん「にんげんだもの」な相田みつをであろうが、別に相田みつをに特定してるわけじゃなく、数多のそのフォロワーたちによってつくられた今の世の中の風潮全体に釘を刺してくれているのだと思う。ぼくらは腹ぺこだから(いろんな欲望でいっぱいだから、満たされない欲望がいっぱいだから)寄り道して偶然を食べて生きていく。だっておなかを満たしたいし、いったん満たしてもそのうちまたおなか空いちゃうんだもの。だから、欲望否定するのは不健康で不自然。木や花じゃないんだ。おなかがすくんだ。欲望オッケイ!なんである。

 そしてタイトルチューンの「いい星じゃんか」。これはもう詞だけで説明要らない。


ひんやり交差点 なんだか寝そべった

無意味な僕を見下ろすのは まだ無意味な信号機

凛とした空気と遊ぶ 彼はヒトを選ばない

早起きにも朝帰りにも 優しい

いい星じゃんか いい星じゃんか

神様もちゃんと目を覚ませば

いい星じゃんか いい星じゃんか

  いやなコト どっかに消えれば

   いい星じゃんか いい星じゃんか

神様に期待なんて しなければ

いい星じゃんか いい星じゃんか

見えるものだけを 見ていれば


太陽が昇り、沈み、星が空に見える。また明ける。この星の表面にいるぼくら、空を見つめる。きれいだよ。いい星だな、たしかに。

 そして最後の「こころ動け」。


こころ動け

動けこころ

まわれ

転がれ

動け


「いい星」はもしかしたらなんとなく終わっちゃうのかもしれない。そうなっても「文句言わない」くらいの気持ちでいよう。でも、そうなったとしても、「いい星」が回らないなら、転がらないなら、「こころ」を回して転がせばいいんだ。

 これ以外にもふざけた「誰かがポテトを持ち込んでいる」とか、月を探しに言った男の情景が目に浮かぶ「SOX」とか名曲ぞろい。個人的には「SOX」で、勝手にネコに「SOX」って名前つけてソーセージあげて「おんなじ「ソ」がつくきっと気に入るだろ」なんて言ってるのは、近所の公園のネコを「キーロ」と名付けて呼びよせて甘えさせて喜んでいる自分とまったく同じだとか、「最強」の「二度目の幼少期」とは中年の危機をむかえたぼくのようなおっさんにはこれまた発見で「一度大人を経験している子供は強いぜ」の通り、これからは二度目の幼少期のつもりで生きよう、とかいろいろ気付かされてしまった。

 最後にもうひとつ大事な点。ジャケットのSOXと思しきネコのイラストが素晴らしい。

2012年3月6日火曜日

篠山ABCマラソン

前回の奈良マラソン以降5キロのダイエットを誓うも、結局は3キロ止まり。1キロ減るとタイムが3分縮まるというので、今回は9分縮めて3時間45分とい うことになる。一方ここのところ取り入れたYASSO800というインターバルトレーニングでは、3分30で達成したので、計算上は3時間30分でいける ことになるのだが、さすがにそれは無謀。
結局、最初の10キロは抑えて5分30、10キロからあげて5分15、そのままイーブンペースで行ければ3時間44分というプラン。調子が良ければ20キロ以降キロ5分まで上げると3時間38分である。

朝5時半起床。おにぎり二個、パン一個、野菜ジュースにヨーグルト。三宮から直行バス。現地でうどんをすすり、レース前にゼリーとパワーバー。
最初の10キロ、混んでいるのでなかなか進まないが抑え目のペースなのでちょうどいい感じ。雨の予報だったのが晴れました!とかつみさゆりが開会式で言っていたがスタートと同時に小雨が。
10キロから予定通りペースアップ。順調快調。しんどくないしどこも痛くない。どこまででも駆け抜けられそうな多幸感。ああ、ランナーズハイってやつだな。調子に乗らないように自重する。
20キロ過ぎて、これは大丈夫!と確信。キロ5分に上げる。息も乱れず余裕綽々。だんだん雨が強くなってくる。走って体温は上がっているから濡れても大丈 夫だが、かなわんのは足もとである。水たまりを踏むたびに靴の中がビショビショ。気持ち悪い。二年前もこんなんやったなー。あの時は雪まで降った。走って いる人よりも沿道の応援の人の方が大変やったやろなー。濡れっぱなしやもん。お疲れ様でした。
30キロ過ぎ、これはまだ上げられる!と4分45に。でも、あげたつもりが実は上がってなかったらしい。順調に踏み続けあと3キロくらいでしんどくなってくる。なんとか崩れずに持ちこたえるも、本当はこの最後の三キロでスパートしたかったなあ。
無事ゴールして、タイムは3時間41分。自己ベストを11分更新!やったね!

しかし喜びもつかの間、全身びしょ濡れだしとにかく寒いんである。しし汁をいただいてすぐ荷物を受け取って更衣室へ。とにかく体を拭いて着替える。とっととバスに乗って神戸へ。居酒屋で一杯やって帰宅。ウチで夕食。ビールで乾杯。と…
なんだかしんどい。ちょっと横になる。しばらくすると猛烈な吐き気が。全部戻した。死ぬかと思った。ベッドに入るも体が冷えて暖まらない。体の節々が痛み、頭痛までしてくる。
明けて翌日になってもまだダメダメ。腰が痛いし頭も痛い。脱水症状か?過酷なコンディションだったから知らぬ間に身体に負荷がかかっていたのだろう。雨で濡れるし冷えるしなのであんまり給水取らなかったしなあ。一日寝る。

2012年2月22日水曜日

『メランコリア』

待望の『メランコリア』を見に行く。なんといってもラース・フォン・トリアーである。あの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の監督である。一番好きな映画でもないし一番良い映画だとも思わなかったけれど、あの衝撃はすごかった。あんな見た後に呆然としてしまうような息苦しさ、圧倒的な衝撃を予想していた。

 ところが実際は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』とは対照的。ものすごく静か。そしてすばらしい映像美。
 プロットはほとんどない。メランコリアという惑星が地球に接近している。科学者たちはぶつかることはないと言っている。らしい。
 こういう道具立ては普通はパニック映画やスペクタクル映画のために用意されるもんだ。でも、この人は違う。あくまで淡々と、森の中にすむたった4人の人間 のお話として描く。
 前半は結婚式の描写。花嫁は奇妙な行動をするが、これがあとから思い返せば、ああ、彼女だけはわかっていた、というか感じていたのか、と納得がいく。ついで に冒頭のスーパースローの画面はすべて彼女があらかじめ見たビジョンだろう。
 惑星の接近はあくまで背景にあるだけでほのめかされるだけ。それ自体が主題ではないのだ。そして最後を迎えんとするときにそれぞれがそれぞれの異なった態度をとる。そのことのほうが大事。
 地球がなくなるなんてことは普段考えずにぼくらは生きている。考えても意味がないと考えの外に排除することで安心して生きている。でも、それはいつ起こるかわからない。そして、それが起こるとわかった時、自ら死を選び結末から逃避する人もいれば、家族と手を取ってワインを飲んで過ごしたいという人もいよう。主人公はそれをクソミソに言うのだが。
 終わったあとに奥さんといろいろ話し合った。自分でだけでは気づけない発見がたくさんある。
 こういう解釈がひらかれた作品こそ映画や小説の醍醐味である。
 画面が暗く音楽がどことなく不穏でありながらも心地よく、淡々としているので寝そうになったが、耐えてよかった。