2015年5月12日火曜日

『早稲田文学』夏号 ケレット&カシューア往復書簡

 『早稲田文学』夏号で、New Yorkerウェブ版に載ったエトガル・ケレット&サイイド・カシューアの往復書簡"Tell Me a Story with a Happy Ending"を訳させてもらいました。

 イスラエルはユダヤ人の国ですがアラブ系の市民もいます。カシューアはアラブ系作家でArab Laborなどのテレビ番組の作家としても知られています。昨年夏のイスラエルのガザ侵攻に伴って高まったアラブ系市民への敵意を目の当たりにしてカシューアは家族を連れてイスラエルをあとにする決心をし、遠くイリノイのアーバナ=シャンペーンからケレットに手紙を綴ります。母国を失ってしまった自分に「ハッピー・エンディングな話を聞かせてくれよ」と。同じ国に属しながら加害者に分類されかねない立場にあるエトガルは精一杯のストーリーを紡いでそんなカシューアに応えようとします。

 多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい内容です。エトガルのファンにも、そうでない人にも。イスラエルにも中東にも関心のない人にも。Homeのあることのありがたさ、それを失うことの恐ろしさ、でもhomeを失うことが珍しくなくなっている今の世界について考えるためにも。

2015年4月4日土曜日

エトガルと新宿で 2

つづき

この2014年3月の時点で、たしか母袋さんの訳で『突然ノックの音が』が新潮社から出ることは決まっていたように思う。『新潮』3月号に母袋さんの訳で短編「創作」が掲載され、編集の方のご厚意で私も英語のエッセイ「父の足あと」を訳させてもらった。

メールのやりとりが始まって「日本語であなたの作品が読めないのは残念だ。でも僕はヘブライ語ができない。これも残念」みたいなことを伝えると、「英語でしか出していないノンフィクションがあるからそれを訳して新聞や雑誌に載せられないかな」という提案とともにいくつかのリンクを送ってきてくれた。そのうちのひとつが、はじめて小説を書いたいきさつを描く「ある作家の肖像」だった。

ケレットが書く短編に劣らずおもしろい。これはがんばらねば、と思って訳して方々に送った。雑誌・新聞などの媒体で個人的に知っているところは少ないので、当たって断られては「ほかにどこかご存知でしたら紹介していただけませんか?」みたいなかんじである。先方も忙しいし、返信があるまでには時間がかかる。それに返信があればまだいいほうだ。

そして小説作品がまだ出版されていない、つまりは名前が知られていない作家の、小説ではなくエッセイというのも厳しい。これでもし私が、名前の売れている評論家や作家だったりしたら事情は違うのかもしれないが、そんな影響力もない。なんだかじりじりしながらも「原文で読んでみたいなー」とヘブライ語を習い始めてみた。アレフヴェートは覚えたが、もちろんそんなかんたんに読めるようにはならない。

結果が出ないまま数か月が過ぎ、イスラエルはガザに侵攻した。そしてケレットは自国の右傾化に警鐘を鳴らす勇気あるエッセイ「イスラエルにある別の戦争」を発表した。夏のことだった。すぐに読んで、これは日本の読者に届けねば、と思い、訳した。前のエッセイたちと一緒にして、またいろんな媒体に売り込んだ。職場の同僚のN先生も協力してくださり、各出版社につてのある方の協力も得られた。エッセイだけではしんどいかもと思い、勝手に企画を立て、作家紹介の文書を作成、GRANTAに載ったインタビューを翻訳し、そこで言及されている短編とエッセイも全部訳して、そのまま立体的な特集になるようにしてみた。それでもなかなか載せてくれるところが見つからない。ただ、真剣に検討したのだが紙幅などの点でダメだったという旨を伝えてくださる媒体も出てきて、多少感触が変わってきた気がした。もうチョイのはず。

ようやく掲載が決まったのが9月のこと。最初の頃から相談させてもらっていた『早稲田文学』で、これはホントに嬉しかった。エッセイ3編と最初の短編「パイプ」を掲載してもらえた。世界の最先端の文学を精力的に紹介しようという熱意のあるこの雑誌に載せてもらえたのは幸運である。

そして1月くらいだったか、新潮社さんから「エトガル・ケレットが日本に来る予定です」という連絡が。母袋さん訳の『突然ノックの音が』の出版に合わせての来日である。これは会いに行かなくては!

まだつづく





2015年3月31日火曜日

GRANTA Japan 02

イギリスの文芸誌『GRANTA』の日本版でイアン・マキューアンの「言論の自由」を訳しました。
執筆陣が豪華です。

2015年3月2日月曜日

エトガルと新宿で 1

イスラエルの作家、エトガル・ケレットが先月25日から3月1日まで日本に滞在し、2つのイベントといくつかの取材をこなして帰国して行った。ぼくも東京まで会いに行き、イベントも参加した。彼のおかしな超短編に魅了され続け、なんとか日本の読者に届けたいと願ってきた身としては感無量の3日間であった。記憶がフレッシュなうちに記録しておきたい。

そもそもぼくがケレットの作品をはじめて読んだのはたぶん2007年か2008年のことだから、もう7,8年も前のことになる。"Crazy Glue"を読んで「ヘンなの(笑)」と思い、気になってネットで調べたらwikipediaにいかにもシャイそうな笑顔の男の写真が載っていた。

あー自分と歳も近いんだなあ。でも、イスラエルか、アメリカじゃないのか、じゃあ縁がないな、そう思った。ぼくは一応アメリカ文学研究者なので、アメリカの作家であれば研究の材料にするとか翻訳するとかいうこともあるかもしれないが、イスラエルだと関係がないし、それによく見てみると自分が読んだ「クレイジー・グルー」(瞬間強力接着剤のこと)はヘブライ語からの英訳だから、原文も読めない。それで忘れた。

ところがそのあとにも彼の作品を何度も目にすることになる。McSweeney'sなどで。「チーザス・クライスト」を読んで笑って、これ書いたの誰?と調べてみると見覚えのある名前である。ググってみると、またこのシャイそうな男の写真が出てきた。これはもう自分のための作家なのだと思った。自分はこの人が好きなのだと。

そこから英訳された作品を取り寄せて読んではどんどんハマり、そうするうちに世界各国で30以上の言語に訳されている彼の作品が日本では一冊も出ていないことに不満を感じるようになっていった。なんとかせねばと思って、知人のつてを頼り出版社に掛け合った。ヘブライ語から訳す人が誰もいないのなら英語からの重訳でもいいのではないか、やらせてほしいと。ケレットの存在しない日本より、多少意味が屈折していようともケレットの読める日本の方がいいと思ったのだ。

結果的に彼の最新短編集『突然、ノックの音が』がヘブライ語からの母袋夏生さんの訳で新潮社から出版されることとなる。ヘブライ語で訳せる人がいないのではなく、母袋さんもおそらくずっとこの才能を日本に紹介したいとはたらきかけてこられていたのだと思う。それを形にしてくれた新潮社にも感謝だ。

1年前、2014年の東京国際文芸フェスにケレットが来日すると聞いて駆けつけた。本谷有希子さんとの対談で、今や芥川賞作家の小野正嗣さんの司会だった。しかし当時はケレットの名前はほとんど日本では知られておらず、ということは会場の渋谷タワーブックスに集まったオーディエンスのほとんどは本谷さん、あるいは第二部の江國香織さんやジュノ・ディアスが目当てであり、ケレットさんの話を期待している人がいるとはとても思えない。これはケレットさんにはかなり厳しい状況だ。なんとか日本にも読者がいるのだと知らせたい。ぼくはお気に入りの短編集 The Bus Driver Who Wanted to be God を持参し、客席から本の表紙を掲げて見せた。あなたの読者、いますよ、と言いたくて。

この表紙のpictographも大好きで、Tシャツにしたいくらいである。
ステージから表紙を見つけてくれたケレットさんはにっこり微笑んでこちらを指さしてくれた。よかった、と思った。最後にQAが少しだけあったとき真っ先に手を挙げて質問した。普段学会などではます質問することはないのだが、これまた使命感であった。

終わってからちょっとだけしゃべってサインをもらった。名刺を渡し、そこから交流が始まった。
はじめて見たときはびっくりしたこのサイン
*つづく*

2015年3月1日日曜日

第35回篠山ABCマラソン

とてもハッピーな3日間の東京出張から帰宅したのが前日夜10時。マラソンの準備はすでに出張出発前に整えてある。目覚ましをセットし、日焼け止めなど忘れていた小物を揃え、寝ようと思った12時過ぎ、奥さんの一言。「明日って雨なんちゃう?」 あ、その問題が。

思えばはじめて参加した5年前の2010年、小雨まじりのなか足下もずぶ濡れで、ゴールしたあと温泉で順番を待つ間もガタガタガタガタ体中が震え、カタカタカタカタ歯が鳴って、身の危険を感じたものである。あれはいやだなあ。しかも今回は体調も万全とは言い難い。

朝5時45分起床。神戸の天気は小雨。天気予報、降水確率100%。しかも大雨のマーク。体調、しんどい、ねむい。ということで断念。参加費も予約したマラソンバス代も無駄になったが、無理して体壊してもしょうがない。初めての出走断念であった。これにて今シーズンのレースは終了。

2015年2月19日木曜日

エトガル・ケレット再来日!

イスラエルの作家、エトガル・ケレットが日本にやってくる!(前の記事

ケレットさんは超短編小説を書く。映画の監督もしているし、エッセイもおもしろいのだが、やはり活動の中心はその独特な超短編小説だ。とにかく短い。一編2,3ページで終わってしまう。すぐ読めてしまう。しかも笑える。なんだけど、読んだあとに「ん?あの話、なんだったの?」って、消化できないものが腹に残る。クセになる。

こんな小説読んだことない!なんなんだこれは?

そしてワタシはケレットさんの不思議な短編に夢中になった(ヘブライ語はまだ読めないので英訳でだけど)。

その超短編小説たちは日本ではまだあまり紹介されていなくて、『新潮』の2014年3月号に短編「創作」が母袋夏生さんの訳で、『文藝』2014年秋号で岸本佐知子さん訳の「靴」「ブタを割る」(この話のブタの貯金箱のマーゴリス、ワタシ大好きである)、『AERA STYLE MAGAZINE』vol22で同じく岸本さん訳の「地獄のスーベニア」、『早稲田文学』2014年冬号にワタシ秋元訳で「パイプ」が載ったくらいだった。

それが今月末に新潮社から母袋さんの訳で、「創作」を含む最新短編集『突然ノックの音が』が出版されることとなった。これは嬉しい。いよいよエトガル・ケレットが日本の読者に本格的に紹介される !たぶん、好きな人いっぱいいると思うんだよなあ。

そのタイミングでの来日で、今月27日、28日とイベントが開かれるそうです。

27日は『コップとコッペパンとペン』の福永信さんとのイベント「長い人生、短い短い物語」。タイトルからして、いい。自意識的ながら決して高踏的ではないフィクションを書く福永さんとの顔合わせはメチャクチャ興味深い。

28日は『これはペンです』の円城塔さんと公開講義「僕たちの書き方」。モデレーターは都甲幸治さん。こちらもおもしろそう。

日本を代表する二人の「ペン」の人(というかむしろ「2本のペン」と言いたい)とのトーク、ぜひ多くの方に目撃してもらいたい。ワタシも目撃しに行きます。

2015年2月18日水曜日

『はじまりのうた』

 キーラ・ナイトレイ主演、NYを舞台に、傷心の若きシンガーと身を持ち崩して家を出たプロデューサーが一緒にアルバムを作る。スタジオじゃなく屋外で(公式サイト)。


 プロットはそんな複雑なことはないし、あんまり驚きもないんだけど、演奏される音楽がいい。Maroon5の人ってやっぱり歌うまいんだ、とか、楽器弾けたら楽しいんだろうな、とか非常に単純な感想しかないのだが、好きな映画。
 主人公が安易にモトサヤに戻ったり、オッサンと恋に落ちたりしないのがいい。

 一番好きなのは、エンドロールのあとの最後の結末。音楽やるのは金のためか、好きだからか?そうそう単純にどっちかで割り切れるもんでもないが、この結末にはひとつの提案があって、自分が儲けるためではなくみんなで分かち合うことを目指せば、結果的にみんなハッピーになるかもよ、ってのがいいなと思ったのであった。