2016年4月21日木曜日

エトガル・ケレット 『あの素晴らしき七年』

イスラエルの作家エトガル・ケレットのエッセイ集『あの素晴らしき七年』が、新潮クレスト・ブックスより25日に発売となります。私にとっては初めての翻訳書です。

Finally, the 20th sibling of Etgar Keret's The Seven Good Years is coming out in Japan in a week!

見本が届きました。アメリカ版を踏襲したジャケット。目立つ!


アメリカ版と双子である。


表紙裏のblurbはな、な、なんと、西加奈子さん!

この下にすごいことが書いてあるぜ。


なにが書いてあるかは・・・



見せて・あ・げ・な・い♡




来週水曜くらいから書店に並びますので、ぜひ本屋でご確認を。

「それは西加奈子さん、あなたもですよね?」とうるうるしてしまった。またしても腹が熱くなった。

読んで楽しんでもらえれば、そして本好きのお友だちに勧めていただければ嬉しいです。よろしくおねがいします。

2016年4月2日土曜日

木村友祐 『イサの氾濫』

 青森は八戸の街に、東京で職を失くした将司が帰ってくる。伝え聞いた暴れ者の伯父勇雄について知りたいと思う。親戚中に迷惑をかけ、実の兄に殺されかけた伯父である。

 小説が描くのは震災後の八戸で、将司が言うようにそこは被災地とはいえ「一人しか死んでない」。もっと大きな被害を受けたところと比べたらまだマシであり、将司は思わず父親に「被害者面するな」と言ってしまう。

 でありながら、自分は東京で繰り返される「がんばれ東北」という無責任な言葉にも嫌悪を感じ、上っ面だけの言葉で自分の良心を肯定してあとはきれいさっぱり忘れてしまえる人々を憎む。

 身の置き所もなければなにか行動を起こすこともできない。ただただ違和感を胸にわだかまらせているだけなのだ。

表紙


 冷遇されてきた東北の歴史、そしてそれがメンタリティに書き込まれ、惨状を訴えることもなく声を飲み込むばかりの東北の人々が見事に描かれている。被災者なのに「東京の人にお荷物だと思われてはいないか」と心配する小夜子に。角次郎の次の言葉に。

 「こったらに震災ど原発で痛めつけられでよ。家は追んだされるし、風評被害だべ。『風評』つっても、実際に土も海も汚染されたわげだがら、余計厄介なんだどもな。そったら被害こうむって、まっと苦しさを訴えだり、なぁしておらんどがこったら思いすんだって暴れでもいいのさ、東北人づのぁ、すぐにそれがでぎねぇのよ。取材にきた相手さも、気遣いかげたくねぇがら、無理して前向ぎなごど言うのよ。新聞もテレビも、喜んでそういう部分ばり伝える」

 呑み込んだ言葉やわだかまった思いは最後に解放される。「イサの氾濫」の場面は圧巻である。

 震災に対して、その後の現実に対して、どうしたらいいのか、正解はない。でも、ここで描かれた圧倒的な生の肯定には希望があると思う。

 東北のふどだぢ、読まねばまいね。

 あと併録された「埋み火」がこれまたすごい迫力。おっかない。
「かねんじょ」みたいな人って昔は通学路に必ず一人はいた気がする。そういう「異質な人」が排除された社会になっているのが怖い。


 作者が同い年で同じ青森の出身というだけで手に入れて読んだ。全編生きた八戸の言葉で書かれている。わが故郷弘前とはちょっと違うけど、大きく分類すれば一緒であり、「香り(かまり)」「ずぐなす」とか、ああ、んだんだ、って読んだよ。震災を見事に描いた小説だど思う。傑作だびょん。

 いい話っこだ。

 

2016年3月20日日曜日

ジョナサン・サフラン・フォア 『イーティング・アニマル』

 『ものすごく近くてありえないほどうるさい』のアメリカユダヤ系作家フォアが書いた、食をめぐるルポルタージュ。息子の誕生を機に、何を食べさせるべきかと悩んだフォアは食肉産業の調査をはじめ、ファクトリー・ファーミングと呼ばれる工業式畜産業の実態を知る。まるで工業製品のように豚や鶏が生産され、促進栽培され、ときとして非人道的に屠られ、商品化された肉として安価に販売されていく。結果的にフォアは肉食自体をやめるという選択をする。

 
肉食を続ければ現在の食肉産業を結果的に支持することになってしまう。だからやめるのだ。

 『いのちの食べ方』『フード・インク』といった食に関する映画も見ているし、この問題に定期的に関心が向くということは、ぼく自身もなんかおかしい、いいのかな?と思っているということなのだと思う。しかし、すでに肉食を与えられた世界で生きてきた自分は、フォアのように肉食をやめる気概がない。その困難さを思うと、正しいとは思っても、躊躇してしまう。

 まず、肉の味が好きだ。ステーキが好きだし焼き鳥も好きだ。

 そして、肉食をやめた場合に、ぼくの食事は極端に限定されることになる。たとえば外食先でベジタリアンメニューはまずない。コンビニで買うおひるごはんでベジタリアンなのはサラダや梅干しのおにぎりくらいだ。

 昨年の今頃作家でベジタリアンのエトガル・ケレット(彼はフォアとも友人であり、自分はフォアと違ってpreaching vegetarianではないよ、と冗談を言っていた)と食事したとき、困ったのは店選びで、肉がダメとなるととたんに選択肢は狭まり、どうしたもんか当方に暮れた。結局和風居酒屋で野菜や豆を中心に食べた。これが毎回ではとてもじゃないけどやっていけないな、と思った。

 そのときに率直に「ベジタリアンって大変じゃない?」とケレットに聞いてみた。そのときにことばにこの問題の答えがあるのだと思う。

「ぼくの人生では食べることの優先順位はそんなに高くないんだ」

 自分の生活では食べることの優先順位は極めて高い。どっか知らない土地に行けば地のものを食べたいと思うし、なにかがんばったご褒美にはおいしいものを食べ、食事だけを目的に出かけることもある。ベジタリアンになるということはそういう喜びを放棄することだ。「(うまいものを)食うために生きている」ぼくのような欲深な人間には厳しい。

 ではあるが、フォアのように現実を知ったうえで肉食を放棄するのは、むしろ食べることの優先順位が高いからだろう。優先順位が高いからこそ「正しい」ものを口にしたいしさせたいのだ。

 われわれはみななにかを食べないことには生きていけないわけで、一日3回、毎日選択を突き付けられている。

 肉食をやめられる気はまったくしない(ということは現在のファクトリー・ファーミングを結果的に支持して、環境を破壊し、自分の首を絞めることになるとフォアには言われるのだろうが)のだが、たぶんこの先もずっと気になっていくのだろうと思う。

2016年3月9日水曜日

西加奈子『サラバ!』

 『サラバ!』の最後20ページを残したまま読めずに3日経った。読めずにいるのは、怖いからだ。ばれるのが怖いからだ。ホントのぼくがばれるのが怖いからだ。誰にばれるの?怖いのは、いつだって決まってる。ぼくだ。自分だ。ホントのぼくが、ぼくにばれるのが怖いのだ。それで三日経っても本を閉じたまま見つめている。

 西加奈子の小説を読もうと思って一週間で『きりこについて』、『漁港の肉子ちゃん』、『舞台』、『サラバ!』と読んだ。物語の始まりでグッと読者を引っ掛けて連れまわす、その技の巧みさに感嘆し、でも物語の言いたいことを登場人物が言ってしまうから「解釈の多様性」なんてものはなく、答えはこれでっせ、という読み間違いようもないのならあんまり「文学的」ではないと思った。でも、この人は「わかっている」人であり、ぼくらがわからずにいる、あるいはわかるのにわかりたくないまま目を背けていることを「自分、ちゃんと見なあかんで!」と突きつける人であり、その尊さに比べるなら「文学的」かどうかなんてどうでもいいことで、その言葉で、メッセージで、何かを受け取って救われる人がいるなら、それに勝るものはない。

 歩はぼくだ。歩であることを否定できる人なんていない。だから苦しい。最後の20ページを開くのが怖い。そこにはたぶん、「むきだしのホント」が待っているから。

 わかったつもりで40半ばのおっさんのぼくは「人生ってのは自分と折り合いをつける旅だと思う」なんてことを言っていた。でも、そんなことばは伝わらない。誰にも。でも、それを物語の力でブーストして拡散できるなら、西加奈子がこの小説でしたようにみんなを怖がらせることができるなら、それこそが「文学」の存在意義だと思う。

 ぼくは明日『サラバ!』の最後の20ページを読もうと思う。おっかないけれど読もうと思う。

 

2016年2月29日月曜日

エトガル・ケレット3篇掲載 『波』 3月号

 新潮社のPR誌『波』の3月号に、エトガル・ケレットのエッセイ3篇が掲載されております。「親愛を込めて(でもなく)」「息子のためのヒゲ」「パストラミ」の3篇です。短編小説の時と同じく、ユーモアに富んでいて、そして短く、なのに読んだあとに考えさせられる、ケレットならではの世界が楽しめます。


 続きは4月刊行の『あの素晴らしき7年』で。

2016年2月28日日曜日

第2回姫路城マラソン

 今シーズン最後のフルマラソン、かつ勝負レース。この日のために走ってきたと言っても過言ではない。2012年に1年レースを休んで以来なかなかそれ以前のペースに戻せずにいたのだが、今シーズンはフルこそ(当たらないから)一回しか走っていないが、ハーフや30Kで調整しつつなかなかに走りこめていた。満を持して、という感じでシーズン終盤の勝負レースに臨んだ。

 目標は段階式に
①歩かず完走(これはいけるわ。11月の福知山でも歩かへんかったもん)
②サブ4(これもいけるな。大阪30K、キロ5:30よりはやくいけたしそのペースでいけば4時間切る)
③PB3:41の更新(これはどうか?フル走ってる回数が少ないのが不安だが、この前のハーフでは1:40切ったし、早くなってるんちゃうの?)
④夢のサブ3.5(いやいやいやそれは無理。とかいいながらもしかして?)
という感じ。とりあえずはキロ5:30で最初の10キロ行って、そのあとは調子次第。イーブンでも3:50くらいやし、というプラン。

 5時起床。かやくごはん、野菜ジュース、おはぎ、ヨーグルト、バナナ。6時出発。三宮でJRが早くも遅れているがまあ大丈夫でしょ。
 西加奈子さんの『漁港の肉子ちゃん』を読みつつ行く。たはっ、おもろいわ。この人は小説の最初の方で読者のハートをぐっとつかむのがうまい。肉子ちゃんの漢字の話とか。読み続けていたいのでこのまま電車乗っときたいなあと思うが姫路着。

 すぐに着替えてバナナとアミノバイタルゼリー。整列直前にトイレ。あったかくなりそう。ロンTにウィンドブレーカーといういつもの格好だが、上いらんかもなあ、と思っているころにスタート!

 最初3キロほどはダンゴ。体調は・・・あんまよくない。体が重い。しかしスタート直後は体が重いくらいがいいと聞いたことがある。そのあとはだいたい5:30ペースで走れたのだが、なんだかずっとトイレに行きたい。いやいやスタート前に行ったし気のせいでしょ。でも行きたい。おかしい。途中トイレはあるのだがみな混んでいるので次まで我慢、それを何度か繰り返し9キロ地点でやはりトイレに。出た出た。なんで?

 そのあとは順調。10キロ過ぎたらペース上げることも考えていたが、そんなには上げず自然とキロ5:20から15くらいに。

 17キロくらいで背中が痛み出す。早いなあ。

 そのまま半分を越え30キロ地点くらいで4時間のペーサー集団に追いつく。ペーサーいるの知らなかったし、自分の前にいるとは思わなかった。狭い道で激混みなのだがその合間を「すいませーん」と縫って 華麗に前に出る。これで目に見えてサブ4だな、残り10キロくらいになったらさらにペースを上げちゃおうかしら、なんて思いつつ快調に走る。

 それが・・・34キロくらいからなんだか変。寒気がして太ももが痺れる感じ。あれ?なんかしんどいよ?ペースが落ちていく。キロ6:00近くまで落ちる。むむ、このままではさっきの4時間集団に抜かれる!と思ってすぐ、37キロくらいで抜かれた・・・。

 心が折れた。

 歩いてしまう。それはないと思っていたのに。もう走れない。

 しばらく歩いてはまた走り始めるのだが、足もさることながら、走ると吐き気がして戻しそうになる。内臓がやられているのか。

 ここからは沿道の応援の方の「あと少しがんばって!」に「いや、もうしんどい、やめる!」「あかん、がんばって!」 と笑顔でやり取りしつつ、走り出すたびに「オェッ!」となる。

 最後の1キロさえ途中歩いてなんとかゴール。

 NETで4時間7分。

 はぁ。サブ4もいけないまま今シーズン終了。

 風呂入って肉食うつもりだったがそんな元気も食欲もなく帰る。

 フルは大変やなあ。ハーフなら実際にその距離で練習できるけどフルは無理。そのうえ終わった後ボロボロ。

 果てた。

 肉子ちゃんやったら「田んぼが木に乗ってるのやから!」て言うんかな。

2016年2月11日木曜日

第45回いかるがの里・法隆寺マラソン

 関西に住んでいるのに奈良ってあんまり行かないな、奈良マラソンの時くらいやな、と思っていたところにこのレースの存在を知り、エントリー。タイミング的にも今シーズンの目標レース姫路城マラソンの2週間前でちょうどいい。

 1月のハーフが1時間45分。キロ5分で走った計算になる。今回はできればあと5分削りたい。となるとキロ4:40くらいなのだが、さすがにそのペースで20キロはしんどそう。キロ5分より遅くならないようにしてあと走ってみてから決める、というプランに決定。

 スタートが12時とゆっくりなので早起きの必要がないのが嬉しい。朝普通に起きて普通に朝食食べて9時前に出発。JR六甲道から大阪経由で法隆寺駅まで。清算に並んだりコンビニでおにぎり買ってたらバスが遅くなってしまって、会場到着はスタート40分ほど前。でも余裕な感じ。そこまで参加者が多くないようで着替えも荷物預けもさほど混んでない。

 レース前は11時くらいにおにぎり二つ、スタート前にアミノバイタルのゼリー。

 12時スタート。非常に天気が良く暑くなりそうだったので長袖Tシャツ一枚にしておく。スタート地点で並んでいるときもまったく寒くない。スタートして1キロほどはダンゴ。道が細くしかもジグザグに進んでいくので走りにくい。ただ、前の方だったのでみなさん速く、無理して抜いたりしなくてもOK。

 1キロ越えたら普通に走れる感じにばらける。ただしコースが全体になだらかな登りがだらーっと続いてはちょっとダウン、の繰り返しでなかなかペースがつかめない。たぶんペースを設定してたら無理して合わせようとしていただろうから、てきとーでよかった。

 5キロくらいからアップがなくなり走りやすくなってくる。だんだんペースも上がるし体も軽くなる。

 13キロくらいからはどんどん速くなる感じ。体力が切れる気がしない。ペースも4分40秒台から30秒台へ。

 そのままのペースで踏み続け、最後500メートルくらいはダッシュ。

 タイムは・・・

 ネットで1時間39分28秒!1時間40分を切れた!たぶん自己ベスト。

 ただ・・・ 手元のGPSで見るとどうも距離が短いんだよな・・・ 300メートルほど。

 ま、いっか!


ゴール地点。かなりコンパクト。すぐに完走証がもらえる。
 ゴール後はチップ外してもらってポカリもらって完走証もらってすぐに着替える。無料で豚汁のサービスがあるのだが、これがうんんまい!具だくさんかつ大盛りである。一昨日有馬温泉のバフェで食べた豚汁より断然うまかった。

ちくわも入ってた。
 せっかく来たのだからと法隆寺へ。とにかく天気がいいもんで気持ちいい。
南大門
五重塔
夢殿
 仏像とかお釈迦さまとか見て、そういえばこういう歴史的なもの、けっこう好きだったと思い出す。なかなかいっしょに行ける人がいないので来てなかったけど、たのしい。そして、ここは広ーい。時間がゆったり流れていいなあー。

 レースのあと映画に行く予定だったのが間に合わなかったけど、こっちでよかった。