9月に出版されたフォア11年ぶりの小説。映画も小説も大評判になった、9/11で父親を亡くした少年を描いた2作目の『ものすごくうるさくてありえないほど近い』の印象が強いためか気づいていない人も多いような気がしているのだが、フォアは実はユダヤ人としてのルーツへの思いのとても強い作家である。デビュー作『エブリシング・イズ・イルミネイテッド』はウクライナへルーツ探しをするユダヤ系アメリカ人の話だったし、食肉産業への取材に基づくノン・フィクション『イーティング・アニマル』でも、ホロコーストサバイバーゆえに食べ物を粗末にするのを許さない祖母に触れる箇所があった。Here I amはそんなフォアのユダヤ性が横溢した作品なのだ、と、とりあえずは言ってみる。
ワシントンDCに住むユダヤ系アメリカ人ジェイコブはテレビドラマの作家である。建築士の妻ジュリアと13歳のサムを筆頭に、マックス、ベンジーの3人の息子がいる。父アーヴは政治的なブログを書き、さらにその父アイザックは老人ホームに入所している。13歳を迎えるサムのバル・ミツヴァ―(ユダヤ教の成人式)はアイザックのたっての希望なのだが、サムは乗り気ではない。しかし、イスラエルからの親戚も呼んで行う一大行事ゆえ、アイザックとジュリアは大張り切りである。社会的にも成功し幸せそうな中産階級の家庭なのだが、そこに小さなひずみが生まれていく。
まずはサムがユダヤ学校の机に書いた差別的な言葉。サムとジュリアはラビに呼び出され、サムは自分がやったと認めず謝罪を拒むため、バル・ミツヴァ―は棚上げになる。
ジェイコブが隠し持っていた二代目のスマホがジュリアに見つかり、そこには性的に「不適切」ないくつものtextがあった。長い結婚生活の末お互いに閉じ込めてきた違和感のふたが開き始める。
飼っている犬も年老いて脱糞するようになり、次男マックスは安楽死を選ぶべきだと主張する。
サムはOther Lifeというネット上の世界に作った自分のアヴァター、サマンサに閉じこもるが、こっそりother lifeにログインしたジェイコブはあろうことかサマンサを殺してしまう。
そんな折にサムのバル・ミツヴァ―に出席するためにイスラエルから、ジェイコブのまたいとこののタミールが息子を連れてやってくる。そしてその滞在中に、なんと、イスラエルでマグニチュード7.6の大地震が起こるのだ。破壊と混乱の中、かの国ならではの、常に緊張関係にある周辺国とのバランスが崩れ始める。国内では過激派がイスラム教徒の聖地Dome of Rockに火をつけ、世界中でイスラエルへの非難が高まり、宣戦が布告される。
そしてイスラエルの首相は、世界各地のユダヤ人にhomeを守るためにイスラエルへ駆けつけよとメッセージを送るのだ。その作戦はReverse Diasporaとも呼ばれる。ジェイコブはこの作戦に参加しようとする。
平穏に見えながら実は危ういバランスの上に成り立っていたジェイコブの家庭の崩れるさまが、大地震に見舞われてバランスを大きく狂わす中東情勢、そしてイスラエルの命運に重ねあわされる。
イスラエルを大地震が襲うという発想には度肝を抜かれたし、非常にユダヤ的な題材に満ちた作品である。
ジェイコブの祖父とタミールの祖父は7人兄弟のうち、唯一ホロコーストで生き残った二人である。200日間穴の中に隠れて生き残ったのだ。それは、穴の中に600日間隠れて生き延びたというエトガル・ケレットの父親と同じ体験である。そして本作で生き残った二人の兄弟は、 一人はイスラエルへ、一人はアメリカへ渡る。そこで生まれたそれぞれの孫がタミールとジェイコブである。
この部分を読んで、これはエトガル・ケレットとサフラン・フォアであってもおかしくない関係だと思った。二人はともにホロコーストサバイバーの子孫であり、国を越えてともにお互いへの共感を表明している。
Here I amという創世記でのアブラハムの言葉に由来する、矛盾しあう外部からの要求に対しても全身で存在することの意味、動物園に忍び込んでライオン舎に足を降ろして感じた生きていることの実感。考えることがいっぱいある。
もっかい読もう。
2016年11月14日月曜日
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